地“域”に足の着いた夢
高橋畜産の若松ポークマン

地元の養豚農家と消費者が、互いに顔が見える距離で支え合い、地域の豚食文化を守っていく、そんな素敵な夢が実現した町があります。そこには、地域で叶えられるちょうど良い大きさの夢にこだわった二人のヒーローがいました。

町民の行列ができる若松ポークマン直売所

北海道せたな町の市街地から車で10分ほど山間に入ると、白い小さな建物が現れます。ケーキ屋さんのようにも見えるそのお店が、高橋畜産の「養豚農家の直売所ポークマンの店」です。周りにはぽつんぽつんと農家があるぐらいで、人通りは多くありません。ですが、土曜の朝だけは様子が違います。せたな町内やすぐ隣の今金町から訪れる町民で行列ができるのです。週に1日だけ営業するポークマンの店のオープンを待つ行列です。

行列ができる直売所 ポークマンの店

開店と同時に、小さな店内はお客さんでいっぱいになります。レジでは、旦那さんの高橋洋平さんが優しい笑顔でお客さんと会話を交わしています。常連客からのオーダーに合わせて、中の厨房では奥さんの佐和子さんが、テキパキと豚肉をカットしています。直売所らしく様々な部位のお肉を塊で買っていく手慣れたお客さんたち。ベーコンやハムをご家庭で作る方もいるほどです。この町に豚肉を食べる文化が馴染んでいるのがわかります。

徹底した衛生管理のSPF豚生産

高橋畜産が取り組むのは、SPFという徹底した衛生管理で豚の感染症を予防する養豚のスタイルです。豚舎に入る人は全員が毎回シャワーを浴びて、服も全て着替えます。持ち込む物も殺菌する念の入れようです。外から病原体を持ち込まないことで、豚の健康が維持されてすくすくと育ちます。

高橋洋平さん、佐和子さん夫妻は、同じ大学で共に学んでいました。実家が養豚農家だった洋平さんと、獣医師として働いていた佐和子さんは、一緒にせたな町で養豚を継ぐ決心をしました。二人がこだわったのは、生まれてから育ち出荷される日まで、全てに目が行き届く“ちょうど良い大きさ”の養豚でした。豚はデリケートな生き物で感染症にも弱いので、元気が無いとかエサを食べないような兆候を見逃してしまうと、すぐ手遅れになってしまいます。最初から最後まで豚に寄り添うことで、生まれてきた命を無駄にしない、二人が理想とする養豚ができます。

ですが、家業を継いだ当時は、今とは違い試行錯誤を繰り返す日々でした。昔ながらの豚舎と仕事のやり方で、感染症との戦いでした。ちょうどリーマンショックのタイミングで、飼料の値上がりとお肉の値下がりが同時に起きて苦しい時期が続きました。周りの農家さんは養豚を諦めて、他の農業に移っていきました。高橋畜産は、いつの間にか地域で最後の養豚農家になっていました。大好きな動物の命を病気で失いたくない、地域の豚食文化を途絶えさせたくない。二人は目の前の課題に向き合い、一つずつ改善していきました。

養豚を初めて10年ほど経った時、努力の甲斐もあって高橋畜産の養豚は日本一になりました。1頭の母豚が1年で何頭の子豚を産み育てるかの記録で、日本一になり表彰されたのです。今では、新しくなった豚舎では、数日前に生まれたばかりの子豚が元気に走り回り、大きく育った若豚が、たくましく餌を食べる幸せな光景が広がっています。二人が追い求める夢の形が、今、実現し始めています。

母豚と一緒の部屋で元気に育つ子豚

この町にちょうど良い夢の大きさ

高橋畜産が1年間に出荷する豚は4,000頭ほど。日本の養豚農家の平均が約8,000頭ですから、平均の半分ほどの小さめの農家さんです。洋平さんは、「この町にはちょうど良い大きさ」と言います。豚舎から出る堆肥を使いきれる農家さんの数、働く人の数、そしてファンになって食べてくれる町民の数を考えれば、せたな町でできる養豚はこれぐらいがちょうど良いと考えているのでした。

ご夫妻は、40代に入ったばかり。子供の頃にバブルが弾けて、大人になってからは好景気を知らない世代です。「昔は良かったなあ」という口癖の先輩たちに囲まれて、夢の大きさを競わされた世代かもしれません。ですが、二人が目指す夢は、地に足がついてブレませんでした。最小限のスタッフで、目が行き届く頭数で、産まれてくる命を無駄にせず、地元のファンのために豚を育てる。それが二人の出した答えでした。

豚舎と高橋洋平さん、佐和子さん

それに、環境の面でも町が支えられる養豚の大きさは決まってきます。たくさんエサを食べる大きな生き物を飼っていれば糞もたくさんします。処理して捨ててしまえば無駄になりますが、うまく使えば貴重な資源になります。高橋畜産では、地域の米農家さんから受け取ったモミ殻と合わせて堆肥にして、それを地域の野菜農家さんに使ってもらいます。その野菜を地域で食べる。ちょうど良い大きさだからこそ、豚から始まる循環型社会が実現しています。

新しい時代のヒーロー 若松ポークマン

1996年に誕生した「若松ポークマン」は、もとは町の養豚農家さん達の共通ブランドでした。ですが今や、育てているのは高橋畜産だけです。2人は名前だけだったブランドに、かわいい子豚のヒーローのロゴマークを作りました。町の未来を見守るヒーローです。ポークマンの絵が描かれた豚肉や味付けの豚ジンギスカン、ハンバーグにソーセージは、地域の子供たちに大人気になりました。こうしてまた町の豚食文化は次の世代に引き継がれていきます。

農業は、農家さんが思い思いに自分の理想を実現できるやりがいのある仕事です。そこには、ただ一つの正解なんてありません。それぞれが、土地の事情や価値観に従って、夢を描いて良いのです。高橋夫妻が目指すちょうど良い大きさの養豚は、大きな夢を描きにくくなった次の世代の農家さんたちにとって、これまでとは違うもう一つの成功例を示してくれます。地域のファンや循環に支えられる「若松ポークマン」は、新しい時代のヒーローです。

若松ポークマンは今日も町の未来を見守る

地“域”に足の着いた夢を追い求める高橋夫妻は、同じような養豚が他の小さな町でも実現できると信じています。そのためには、二人が試行錯誤の末に行き着いたノウハウを次の世代に伝えても良いと考えています。土地が変われば農業も変わるので、全部を教えてあげることはできませんが、大きな助けになります。ここせたな町で実現したように、生産者と消費者が互いに顔が見える距離で感謝し合う。そんな町が増える未来は、私たち消費者にとっても夢のような世界かもしれません。

鈴木 俊介

ライター・撮影
(株) REA 地元食コンサルタント

鈴木 俊介 SHUNSUKE SUZUKI

生産者と消費者がすぐ会える距離で生きる感動の食生活を提案。自分から半径160.1劼糧楼脇發悩遒蕕譴真べ物だけで生活する「100マイル地元食」チャレンジをブログで発信中。

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