北海道には、地元の消費者に根付き、愛され共に育ってきた珍しいブランド米があります。そこには、ファーマーズマーケット「あぐりへい屋」を舞台に、JA新はこだてと地元の農家さんたちが「伝える」ことにこだわった美味しいストーリーがありました。
北海道の米どころJA新はこだて
JA新はこだては、北海道の南西部、渡島半島の函館市や北斗市などの2市12町という広大な地域を管轄する農業協同組合です。太平洋と日本海、津軽海峡に三方を囲まれた温暖な地域で、米や野菜作り、酪農や畜産といった幅の広い農業しています。作れない農畜産物は無いと言えるほどに、豊かな農業の地です。特にお米では、「ふっくりんこ」の生産に力を入れてきました。
JA新はこだて生産販売部長の田山さん
「ふっくりんこ」は、粘りが強くもっちりとした食感で甘みが豊かな北海道を代表するブランド米の一つです。20年ほど前から道南地域で生産が始まりましたが、初めは作る農家さんも少なく、北海道内だけでなくここ道南地域でもあまり知られていませんでした。JA新はこだて生産販売部長の田山さんは、「ふっくりんこ」のブランド化という難しい仕事を任された内の一人でした。北海道には他の美味しいブランド米があるのに、地域限定の「ふっくりんこ」が売れるのだろうか？田山さんは、迷いながらも営業活動に奔走する日々を送っていました。
米農家さんに気づかされた「伝える」大切さ
地域の期待を背負い、「ふっくりんこ」を作ってくれと農家さんにお願いして回っていると、田山さんは、ある米農家さんから言われました。
「そもそもこの米は誰のために作ってるんだ？」
農家さんがそう言うのも無理はありませんでした。地域発のブランド米として売り込もうと、地域の外に品質の高さを発信してきました。でも、当時はまだ地元の消費者にもほとんど知られておらず、地元のお米は美味しくないと思い込む消費者さえいるほどでした。
田山さんは、ブランド化を焦り、すぐ近くにいる地元の消費者のことを考えていなかったことに気が付きました。いつしか、地元の消費者に、「美味しい」と言わせたい、「また食べたい」と言われたい、そう考えるようになりました。目の前にいる人たちに「伝える」ことを一からやり直す必要がありました。
ファーマーズマーケットあぐりへい屋
地域で「ふっくりんこ」を育て始めてから10年ほどが経った2012年、JA新はこだては、地区でプレハブ直売所をJAがリニューアルし、「ファーマーズマーケットあぐりへい屋」を北斗市に開設することになりました。ただの直売所にするのはもったいない。そう考えた田山さん達は、地元の消費者に、地域の農業の面白さや農産物の美味しさを伝えるための場にしようと考えたのでした。
「３粒の米」の大切さから生まれた給食デザート
田山さんは、「あぐりへい屋」がある道南地域の小学校で、地域の農業の様子や食べ物の大切さを伝える食育の授業を受け持っています。授業の最後に、子供たちに必ず「３粒の米」の話を伝えるようにしています。
米は、食べ物であると同時に種もみでもあります。田植えでは3本の苗をまとめて１株にして植えます。つまり、稲の1株は3粒のお米から育ったものなのです。お茶碗に3粒のご飯を残せば、次の世代の稲1株が無駄になります。お米は、将来の命をいただく食べ物。そう伝えると、毎回決まって子供たちの目が輝きます。すぐにでもご飯を食べたいという目をしてくれます。たくさん食べることを誇るよりも、大切に楽しんで食べて欲しい。田山さんはそう伝えています。
田山さん達は、地元の子供たちにお米の楽しみ方をもっと知ってもらおうと、小学校の栄養士さんと協力して給食に米粉を使ったメニューを考案しました。2015年には、ふっくりんこ米粉を使った「ふっくりんこのムース」、翌年には「ふっくりんこのタルト」が考案されました。「３粒の米」の話で地元のお米に慣れ親しんでいる子供たちにすぐさま大人気になりました。今でも、給食メニューの人気投票で１位と２位になるほどで、リクエストに応えて毎月メニューに登場しています。
給食で大人気のふっくりんこのムースとタルト
ふっくりんこムースと店長の小川さん
でも、人気はそれだけにとどまりませんでした。子供たちが、家に帰ってからも、大好きなふっくりんこのデザートのことを家族に伝え始めたのでした。いつの間にか地域で話題になっていった給食メニューに、ついには家族たちから食べてみたいから販売してほしいと要望が来るようになりました。考案から3年経った2018年には、あぐりへい屋や新函館北斗駅の土産店で発売されることになりました。
地域で育ち始めた新たな芽
今、あぐりへい屋の店内では、かつてJA新はこだての高校生向けの「田んぼ食育活動」で稲刈り体験に参加したことがある女性が働いていました。子育てのために実家のある北斗市に戻ってきたのをきっかけに、よく買い物に来ていたこのお店で働くことにしたそうです。そうレジで教えてくれた彼女の後ろには、きらきらした笑顔が輝く高校生たちの稲刈りの記念写真が並んでいました。JA新はこだてと田山さん達が続けてきた、「伝える」活動が地域で育ち始めた一つの小さな芽でした。
お米は、種もみとして苗に育て、田植えをしてたくさんの陽の光を浴びれば、稲穂を出し、やがては何百倍ものの粒の新たな米になります。では、米は食べてしまえば終わりなのでしょうか？いいえ違います。ＪＡ新はこだては「伝える」ことにこだわり、大切に食べてもらうことで、地元の人たちの中にも種を蒔いているのです。あぐりへい屋は、地元の消費者に愛され、直売所で農畜産物を並べる農家さんは当初の2倍にまで増えました。雨が降ろうと、風が吹こうと、9時半のオープンから多くの地元の消費者が買い物に訪れます。慣れ親しんだお客さんと店員さんの何気ない会話に、ここが「伝える」ことの最前線であると感じます。
地元の消費者に植えられた種は、ときに意外な育ち方をして、お店に並ぶ「ふっくりんこのムース」と「ふっくりんこのタルト」が生まれました。そして、あの日、初めてタルトを食べた小学生は、今や大学生の年齢になっています。その中から、次世代の米農家さんが育つのも時間の問題です。「ふっくりんこ」は、今や道南地域に留まらず、道内のいくつかの地域でも生産される人気のブランド米になりました。田山さん達は、蒔いてきた種がどう育つのか楽しみにしながら、今日も「伝える」活動を続けています。
ライター・撮影
(株) REA 地元食コンサルタント
鈴木 俊介 SHUNSUKE SUZUKI
生産者と消費者がすぐ会える距離で生きる感動の食生活を提案。自分から半径160.1�劼糧楼脇發悩遒蕕譴真�べ物だけで生活する「１００マイル地元食」チャレンジをブログで発信中。
